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名古屋高等裁判所 昭和41年(ネ)507号 判決 1968年2月06日

控訴人 江口勝明

被控訴人 横地要助 外三名

参加人 愛知県知事 代理人 花村美樹 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

別表第一、二目録記載の土地がもと控訴人らの共有に属し、別紙第三目録記載の土地がもと控訴人江口勝明の所有に属したこと、右各土地につき控訴人勝明の法定代理人江口いさおよび控訴人芳雄と被控訴人横地要助との間に昭和二五年一二月四日頃売買契約が締結されたこと、別紙第一目録記載の土地につき控訴人ら主張の買収、売渡の各処分および右各処分に基く被控訴人要助のための所有権取得登記手続がなされたこと、ならびに別紙第二目録記載の土地につき被控訴人横地光男のため、同第三目録記載の土地につき被控訴人横地正および同横地幸のため、それぞれ控訴人ら主張の各所有権移転登記手続がなされたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで先ず別紙第二、第三目録記載の土地に関する右売買契約が農地買収を免れる目的でなされた通謀虚偽表示である旨の控訴人らの主張につき判断する。

<証拠省略>中には、右の主張に副い、かつ江口きくをが被控訴人横地要助から昭和二六年五月頃および同年八月頃の二回にわたり合計金一五万円を借用した旨の供述部分が存するが、これを左記認定事案と対比するときは、にわかに措信し難い。すなわち<証拠省略>を総合すると、次の諸事実を認めることができる。

(一)  江口きくをには長男芳太郎、二男某、三男控訴人芳雄、四男金満の四人の男子がいたが、長男および二男は共に戦死し、きくをはその遺族年金および若干の株式の配当金を小遣銭としており、長男の妻であるいさは戦時中罹災し、終戦後毛糸の売買を始め、昭和二五年頃には漸く店舗を構えて洋品商を営むに至り、控訴人芳雄は旧制中学卒業後戦傷のため休養していたが、その後製菓会社に勤務し、また戦後東大を卒業した四男金満は名古屋市役所に勤務していた。

(二)  右江口金満に昭和二五年暮頃結婚話がまとまつたが、間もなく破談となつた。しかしその後直ちに新たな結婚話が進行したので、江口きくをは昭和二六年三月頃建築業者に依頼して控訴人芳雄の所有にかかる店舗を金満の新居用として住宅に改造することとし、同年四月下旬頃手付金五万門を支払い、同年八月頃までの間に改造費約一五万円の支払を了し、金満は同年一一月結婚して右改造家屋に新居を構えた。

(三)  江口きくをは、戦前から親交があり、かつ別紙第一目録記載の農地の大部分の耕作を委せていた被控訴人横地要助に対し、昭和二三年頃から本件土地全部の買取方を申し入れていたが、昭和二五年に至り金満の結婚話が進むや、前記家屋の改造費を調達するため頻繁に同被控訴人方を訪問して右の申入れを反覆した結果、同年一二月上旬頃本件土地全部を他の若干の土地と共に代金一五万円で売買する旨の契約が成立するに至つた(本件各土地につき控訴人らと被控訴人要助との間に売買契約が成立したことは、冒頭説示のとおり当事者間に争いがない)。

(四)  被控訴人要助は右買受代金を調達するため同年一一月頃その所有にかかる牛を売却し、またその子横地章をして同人所有の自動三輪車を代金一〇万円で売却させ、更に長男正をして金三万一〇〇〇円を支弁せしめた。

(五)  もつとも、控訴人勝明の法定代理人であつた江口いさも、共に金満のため結婚後の新居を用意することには積極的でなく、自創法に関する知識不足のため、本件各土地のうち農地を除く各土地も同法により買収される可能性があると誤信していたので、本件各土地が同法により買収されることを恐れていた。そこで右両名は本件各土地を買収される恐れがなくなるまでの間その所有名義を被控訴人要助に預かつて貰おうと考え、その交渉を前記きくをを介して行なつたのであるが、同女は前記金満に新居を構えさせてやりたいと念願していたので、控訴人らと被控訴人要助との間に前期売買契約を成立させるに際し、同被控訴人に対しては控訴人らの真意を秘して単に後日再売買をしてほしい旨を依頼し、また控訴人らに対しては同被控訴人から売買代金を受領したを黙秘し、後に至つて同女が同被控訴人から金一五万円を受領した事実が控訴人らの知るところとなつたとき、右金員は借用したにすぎないと弁解した。

右の諸事実によれば、別紙第二、第三目録記載の各山林の売買が控訴人らの主張するような通謀による仮装売買ではなく、少くとも被控訴人要助においては真実これを買受ける意思を有していたことが明らかである。これを詳説すれば、本件全証拠によつても江口きくをが控訴人らの代理人であつたか使者にすぎなかつたかの点が必らずしも明らかでないが、仮に代理人であつたとすれば同女の所為は権限踰越による表見代理に該当し(この場合には控訴人らは被控訴人要助との間に本件売買契約が成立したことを自認していること、再三説示したとおりである)、仮に同女が控訴人らの使者であつたとすれば控訴人らの有した仮装売買の意思は右被控訴人に対し表示されず、心裡留保に終り、しかも同被控訴人においてこれを知り得べき情況になかつたものというべきである。したがつて各土地の売買契約が通謀による虚偽表示であるとの控訴人らの主張は理由がない。

次に参加人の別紙第一目録記載の農地(以下本件農地と称する)に関する買収処分が無効である旨の控訴人らの主張について考える。本件農地につき控訴人ら主張の買収、売渡の各処分およびこれに伴う所有権取得登記手続のなされたことは当事者間に争いがなく、右農地についても別紙第二、第三目録記載の各土地と同時に控訴人らから被控訴人に対する売買契約がなされたことは、控訴人らの自認するところである。控訴人らは先ず、右買収処分は右売買契約に基く所有権移転を実現するための便法としてなされたものであるから、右売買契約が虚偽表示であつて無効である以上、右買収処分もまた無効である旨主張するが、かりに一連の行政処分が各処分の対象たる各私人の相互間の合意と同一の結果をもたらすことがあるとしても、各行政処分はその独自の原因に基き独自の目的をもつてなされるものであるから、それが法令の定める要件にかない、かつ行政目的に副うものである限り、右のような私人間の合意の効力によりその効力を左右されるものではないと解すべきである。本件においても本件農地に関する前記買収、売渡の各処分が自創法所定の要件を充足してなされたものである限り、控訴人らと被控訴人要助との間の前記売買契約がかりに通謀虚偽表示であるとしても、そのことによつて右各処分の効力が左右されるものではない。のみならず右売買契約を通謀虚偽表示と認め得ないことは前記判示のとおりであるから、控訴人らの右の主張は理由がない。

次に、控訴人らは本件農地は控訴人らの共有であつたところ、前記買収処分は控訴人勝明の単独所有と誤認し、同控訴人のみを被買収者としてなされたものであるから無効である旨主張するので案ずるに、<証拠省略>によれば、本件農地に対する前記買収処分は控訴人ら主張のとおり控訴人勝明のみを被買収者としてなされたものであることを認めることができ、右事実と冒頭判示の争いのない事実とによれば、右買収処分は控訴人ら両名を被買収者としてなされるべきであるにもかかわらず控訴人、勝明のみを被買収者としてなされた点において明白かつ重大なかしがあるものと言わなければならないから、控訴人芳雄の共有持分に対する買収処分としては無効であると言わなければならない。しかし<証拠省略>によれば、控訴人芳雄は前記認定の売買契約後自ら本件土地全部の所有権移転登記手続を司法書士に依頼したが、本件農地については右手続をなし得ないことを知つたので、前記山林についてのみ右手続を完了した上、その登記済証を本件農地の権利証(亡芳太郎および控訴人芳雄のための登記済証および控訴人勝明のための相続に因る所有権移転登記済証)と共にに母きくをに依頼して被控訴人要助の許に持参させ、かつ本件農地については通常の手続による所有権移転登記手続をなし得ないから同被控訴人において可能な方途を講じて欲しい旨の口上を伝えさせたところ、同被控訴人は所轄農地委員会を通じて自創法に基く農地売渡の申請をなし、その結果前記買収、売渡の各処分がなされたものであること、およびきくをはその後本件土地全部の測量図をも右被控訴人に交付したことを認めることができ、<証拠省略>中右の認定に反する部分は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。右の諸事実によれば控訴人芳雄は本件農地の所有権(共有持分権)を被控訴人に移転する意思を有したのみならず、同被控訴人に対し同被控訴人が適法に本件農地の所有権を取得するに必要な一切の手続をなすべきことを委任し、その結果同控訴人の希望した同被控訴人のための所有権取得登記がなされたのであるから、その前提たる買収処分に前記のかしが存しても、これを理由に同被控訴人に対し同処分の無効を主張することは信義則上許されないものと信うべきである。

控訴人らは更に前記買収処分については控訴人勝明に対する買収令書の交付がなされなかつたと主張するが、<証拠省略>によれば、本件農地に関する買収令書は昭和二六年一月三一日千種区農地委員会により同控訴人宛発送され、同控訴人の法定代理人江口いさがその頃これを受領した事実を認めうるから、右の主張もまた理由がない。

以上判断したとおり、控訴人らの主位的請求は被控訴人要助および参加人のその余の主張について判断するまでもなく、すべて理由のないことが明らかである。そこで進んで控訴人らの予備的請求につき按ずるに、控訴人らは、被控訴人要助が控訴人らに対し前記売買契約に際し将来本件土地全部を返還することを約した旨主張するが、別紙第二、第三目録記載の各土地については右被控訴人以外の被控訴人らに対し売渡されたものであることは控訴人らの自認するところであるにもかかわらず、右被控訴人らが右各土地の返地を約したことについては主張も立証もなく、被控訴人要助がその余の被控訴人らの代理人として右各土地につき控訴人ら主張の返地を約したことを認めるに足る証拠も存せず、かえつて<証拠省略>によれば、同被控訴人は右きくを、いさおよび控訴人芳雄に対し、自分にもしものことがあるときはその余の被控訴人らに対し本件土地を控訴人らに返地するよう遺言する旨を告げ、右控訴人等もこれを了承した事実を認めることができ、右の事実によれば被控訴人要助は返地を約したものの、かかる約定をなすにつきその余の被控訴人な代理する権限を有しなかつたことが明らかである。(なお、右の返地とは、前記認定の諸事実と併せ考えるときは、控訴人らに将来資金の余裕ができたときは時価で売戻すことを意味すると解すべきである。)したがつて被控訴人要助のみとの約束に基きその余の被控訴人らに対し前記各土地の返還を求める控訴人らの請求は理由のないことが明らかである。また<証拠省略>によれば本件農地は現況も農地であることを認めうるところ、農地法上農地の所有権移転については法定の除外例を除き原則として知事の許可を要するものであるところ、本件農地につき右の除外事由が存することについては主張も立証もないから、本件農地につき無条件の所有権移転登記手続を求める控訴人らの請求もまた失当である。したがつて控訴人らの予備的請求もまた控訴人らのその余の主張につき判断するまでもなく理由がない。

以上判断したとおり控訴人らの本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却すべきであり、これと結論を同じくする原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて本件控訴を棄却すべきものとし、民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 神谷敏夫 松本重美 大和勇美)

別紙目録<省略>

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